三菱重工、洋上風力事業撤退の意味を業界視点から読み解く

 


1. 欧州市場での競争激化と規模の論理

三菱重工は2014年、デンマークのヴェスタス社と合弁でMHIヴェスタス・オフショアウィンド社を設立し、欧州洋上風力市場に本格参入しました。しかし同社は2020年にヴェスタスへ完全統合され、実質的に三菱重工は第一線から後退。その後の市場動向は、シーメンス・ガメサ、GE、ヴェスタスの三強に収斂し、タービンの大型化(14〜18MW級)とサプライチェーン統合が進む「規模勝負」の世界となりました。
日本の重工メーカー単独では、この投資規模・調達力に太刀打ちできないのが実情です。

2. コスト構造の変化と金融環境の影響

洋上風力の最大の課題はCAPEX(建設投資コスト)とOPEX(運転維持費)の肥大化です。
近年の資材価格高騰、施工船不足、送電網制約などが積み重なり、欧州では一部プロジェクトが採算割れを起こしています。加えて金利上昇も投資採算性を圧迫。政府の入札制度は「低コスト電力供給」を要求する一方、供給側はコスト増を吸収しきれない状況に陥っています。
この構造変化は、財務体力で勝る欧州大手や中国メーカー以外にとって参入障壁を一層高めました。

3. 国内市場の特殊性とボトルネック

日本政府は「2030年に10GW、2040年に30〜45GW導入」を掲げています。しかし、国内市場には以下の制約があります。

  • 海底地形が複雑で、浮体式技術の確立が必須

  • 港湾インフラ・施工船の整備が遅延

  • 系統制約(送電網の不足)が投資判断を阻害
    これらの条件下では、短期的に大規模な受注を確保できず、国内メーカーにとって「量産効果を活かした競争力強化」が困難です。結果として、商社・電力・ゼネコンがEPC(設計・調達・建設)主体となり、タービン供給は海外大手依存が強まる傾向にあります。

4. 三菱重工の戦略転換

今回の撤退は、単なる敗退ではなく事業ポートフォリオ再編の一環です。
三菱重工は以下の分野に重点を移しています:

  • 水素・アンモニア発電:既存ガスタービンの混焼実証を進行中

  • CCUS(炭素回収・利用・貯留):エネルギー企業との連携強化

  • 原子力(小型モジュール炉含む):長期的なベースロード電源を担う技術

  • 防衛・宇宙分野:国策事業として成長余地大
    洋上風力という「スケール型のグローバル競争」よりも、技術優位性を活かせるニッチ分野に集中する判断といえます。

5. 業界への示唆

三菱重工撤退は、日本の洋上風力産業基盤にとって象徴的な意味を持ちます。

  • 国内タービンメーカー不在により、産業育成戦略は建設・運営ノウハウ、浮体式技術、港湾インフラ整備に重点が移る

  • サプライチェーンの多くは欧州・中国勢主導となる可能性が高い

  • 日本企業は「EPC・運営事業者」としての位置づけ強化を迫られる
    一方、三菱重工が撤退することで、他の国内プレーヤー(IHI、川崎重工など)が浮体式分野に特化する余地は残されています。


結論

三菱重工の洋上風力撤退は「グローバルな規模競争からの撤退」であると同時に、同社の差別化可能な領域への資源集中を示す決断です。
日本全体としては、タービン製造で存在感を失うリスクが高まる一方、浮体式技術やEPC分野での強みを伸ばせるかどうかが今後の焦点となります。

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